装苑賞1992年12月号 中村乃武夫先生 佐藤真樹

装苑1992年12月号 中村乃武夫先生選

第67回装苑賞佳作1位受賞

この作品で私は、第67回装苑賞佳作1位をいただきました。

 

1992年、中村乃武夫先生との対談

中村乃武夫先生

この絵を選んだときは、こういう素材で作ってくるとは思わなかった。
ベルベットとかフラノを想像していたね。

佐藤真樹

穀物の入っている、麻袋のような質感の素材で作りたかったんです。
これはトナカイの毛の入ったツイードです。

中村乃武夫先生

布の味を生かして、芯地も裏地も使わないという作り方は、それはそれでいいと思います。
肩にかける、下へ落とす。
それが人間の運動によってまとわりついたり、離れたりという動きをねらった服なんだと思う。
私の服作りは、静止したフォルムを作る彫刻的なものなんだけど、あなたは逆に動きから入ったというわけだ。
こういう作り方をしようと思ったのはなぜですか?

佐藤真樹

初めは製図をしてきっちり作ろうと思っていましたが、何気なくボディの上に布をかけてみたら、おもしろい動きが出たんです。
それで、ボディをなぞって、どこまで1枚の布の状態で持っていけるか動かしてみるのがすごくおもしろくなって、なるべくダーツを入れずにデザイン画のニュアンスを出したいと思いました。

中村乃武夫先生

あなたの意図するところはとてもよくわかりますよ。
アブノーマルなものでもないし、今の若い人にとってはこれが自然体なのかもしれません。
ツイードのような織物やバイアスづかいという考え方は洋服屋の原点の一つだから、その点にこだわるのも、とてもいいことだと思う。
でも服作りというのはそれだけではないからね。
どうもあなたは頑固な人のようだから、私が今ここで、ああだこうだ言ってもしようがないね。
しばらくこの路線でやってみることだね。
そして、いつか壁にぶち当たったら考えてみてほしい。
芯を貼ったり見返しをつけることは、布の味をこわすことにもなるけれど、逆に生かすこともできるのだから。
そこに気づくのはこれからですね。

 

装苑賞公開審査後の各先生のコメント

第67回装苑賞佳作1位 中村乃武夫先生装苑賞の公開審査の写真

 

小池千枝先生

基本的に、今の若者は美意識が不足していると思います。
デザインの発想はいいのだけれど、それが実際の作品になるとこなしきれず、全体のバランスをまとめる力が少ないな、と思わせる作品が目に付きます。
ただ、楽しみなのは、何かやろうというエネルギーを持っている人が何人かいる。
そのエネルギーをもう少し上手に消化して、いい作品が作れるように成長していってほしい。

中村乃武夫先生

佳作1位の作品ですが、オーソドックスでありながら、今日の何かをつかんでいて、若い人にはできない枯れた、味があるいい作品ができたな、とほめておきます。

 

製作時の思い出

このデザイン画で、初めて中村乃武夫先生に選んでいただきました。

中村乃武夫先生には私のデザイン画は選んでいただけないと、ずっと思っていました。

それで、中村乃武夫先生が私のデザイン画を選んでくださったとき私は驚いてしまいました。

この服を作るとき、いつもと違うことがありました。

その違いを、以下に挙げてみます。

  • 1ヶ月に1作品選ばれたこと(1ヶ月に2作品選ばれることが多かった)
  • 前半の2週間、何もしなかったこと

デザイン画をいただいた2週間後、私は形を作り始めました。

最初私は、縦方向に地の目を通して立体を組みました。

その立体は、かたくて面白くない形になりました。

それから適当に地の目をずらし、20体くらいの立体を作りました。

そして、やっと形が見えてきました。

しかし私は、その立体のウエストラインが気に入りませんでした。

私は、文化服装学院の友達とお酒を飲みに行く約束をしていました。

「形ができないから、飲みに行けない」と思いながら、ウエストをさわっていたら形ができてしまいました。

それで私は、お酒を飲みに行くことができたわけです。

トナカイの毛が入った布地は、コーヒーに漬け込みました。

この服の製作時期は、8月でした。

四畳半の冷房のない部屋で、私は何杯ものコーヒーを作りバケツに入れました。

また帽子を作るためにヤカンのお湯を沸騰させ、その蒸気で帽体を柔らかくしました。

部屋中が、蒸気で一杯になりました。

さらに帽体を木型に入れ、スチームアイロンで伸ばしました。

私の手は、火傷したように熱くなりました。

そして私はある日、まっすぐに歩けないことに気づきました。

体重を測ったところ、50kgくらいになっていました。

私は、服作りに熱中して痩せていました。

この服の縫製は、とても簡単でした。

ロックミシンをかけないで、縫い代に捨てミシンをかけました。

そしてほつれるところは、ほつれたままにしました。

私が作った中で、最も簡単で軽い服になりました。

渋谷を歩いていたところ、バラのドライフラワーを見つけました。

私はドライフラワーは嫌いでしたが、なぜかこのバラに惹かれたのです。

「朽ちていく姿がこの服にぴったりだ」と、私は思いました。

このバラのドライフラワーを、帽子に付けてみました。

服を作りながら、アイディアがどんどん湧いてきました。

私の裾線の作り方は、ボディに着せたトワルに直接ハサミを入れます。

私の裾線は、いつも適当になります。

「きれいな裾線にした方がいい」という人がたくさんいますが、私は適当でいいと思います。

適当と言ってもハサミを入れるときは真剣勝負なのですが、この瞬間が好きなのです。

難しいことは何もせず、軽く作れたことが良かったと思います。

当時、グランジが流行っていました。

この服は、私が解釈したグランジでした。