装苑1992年6月号 松田光弘先生 佐藤真樹

装苑1992年6月号 松田光弘先生選

1992年、松田光弘先生との対談

松田光弘先生

絵はすごくいい雰囲気を持っているけれど、こういう感じを出すのは難しいね。
前から見ると細いパンツのようで、後ろはロングドレスのように見えるデザインを、どういうぐあいに作るのかと楽しみにしていたけれど、ちょっとイージーに逃げすぎているよ。

佐藤真樹

最初は、スカートのような筒状に仕立て、折り返したドレープで表現しようとしたのですが、全体的に重くなってしまったのでやめました。

松田光弘先生

パンツのような仕立てでいいと思う。
股ぐりまで作る必要はないけれど、ひざ下まで筒状にしただけじゃ足りないね。
ファスナーでとめているのも安易だなあ。

佐藤真樹
裾がかなり細いので、はきやすいようにオープンファスナーにしたのですが・・・。

松田光弘先生

ファスナーは、はずしたときの変化やアンバランスのおもしろさをねらうものだけれど、この服の場合、はずしたときの意味がないだろう。
それだったらぴしっと縫い込んでしまったほうがよっぽどいい。
切替え線を入れなかったのはどうして?

佐藤真樹

最小限のダーツで、布の垂れる物性を利用して形を出そうと思ったからです。

松田光弘先生

デザイン画に描いているのは、腰まではつかず離れずの分量で、足首できゅっと細くなっているシルエットだろ。
これは前から見たときだけではなく、横からのシルエットも後ろのシルエットも大切。
でも実際には後ろにはねてしまって、ラインに締りがなくなっているだろ。
切替え線は必要だと思う。
それにこのウールでは重みが足りないし。

佐藤真樹

意外に張りがあって、思うように垂れてくれなくて。
ジョーゼットではどうですか?

松田光弘先生

まだ重みが足りないと思うね。
ある程度厚みのあるジャージのほうがいいね。
伸縮性があるから運動量も確保できるし、デザイン画のような細さにもできたと思う。

 

製作時の思い出

この服を作っている時の思い出は、私のブログ「服について。」に何回か書いています。

その内容は、「布の地の目が初めて見えた瞬間」と「小池千枝先生 第11回」に詳しく書きました。

このデザイン画は、文化服装学院で1年間学んだ後に選ばれました。

この服の布地を買ったお店は、デザイン科出身の同級生に教えてもらいました。

日暮里にあったこの店で、私は何種類もの布地を買いました。

黄色いスカーフは、シルクオーガンジーを使いました。

シルクオーガンジーを、槐(えんじゅ)で草木染めしました。

スカーフの染色は、テキスタイル科出身の同級生が手伝ってくれました。

私は卒業式の後、ファッション工科専攻科の教室で一人ボタンホールを作っていました。

すると技術科出身の同級生が、教室にやってきました。

私はボタンホールを手で作るのは初めてでしたが、技術科出身の同級生が教えてくれました。

モデルが持っているステッキは、デザイン科出身の同級生と買い物に行ったときに買いました。

また帽子は、スタイリスト科出身の同級生が手伝ってくれました。

木型に帽体(フェルトで出来た帽子の原型)を入れたとき、力が入りすぎて帽体が破れてしまいました。

帽体の破れたところを内側からミシンで縫って出来たのが、この帽子です。

この帽子を私は、とても気に入っています。

この帽子は、破れなかったらできませんでした。

大勢の先生と同級生の協力があって、この服は出来ました。

この服を作っている時のことを思い出して、本当に良い人たちに恵まれたと実感しています。

服に対して真剣な人と、私は仲良くなるようです。

逆に服に情熱のない人に、私は嫌われます。

過去を振り返ってみると、本当にそうでした。

山本耀司先生に、
佐藤くんは一生懸命服を作っていれば、自然に周りに人が寄ってくるから、そういうタイプの人だから焦らずにやりなさい。
と言われたことは、本当だったと今ようやく気が付きました。

 

文化出版局でのやり取り

最近、思い出したことがあります。

私が、このデザイン画を文化出版局に取りに行ったときのことです。

文化出版局に、もう一人の候補者がいました。

その候補者は、アパレルデザイン科の学生の方でした。

この方を、Aさんとしましょう。

Aさんに、
「佐藤さんですか?」
と尋ねられました。

私は、
「はい、佐藤です。」
と答えました。

Aさんは、
「佐藤さんは、並木賞の佳作を取りましたよね。
あの服が、デザイン科で話題になっているんです。
『佐藤さんは、天才かバカか、どちらかだよね。』
と噂になっています。」
と言いました。

私が、
「バカですか・・・。」
と言うと、

Aさんは、
「文化服装学院で学んできた私たちには、佐藤さんのような服の作り方はできません。
基本に逆らうことは、怖いんです。
佐藤さんは、怖くはないんですか?」

と言いました。

私は、
「まあ、バカだから怖くないんですよ。」
と答えました。

Aさんは、
「佐藤さんは、天才なんですよ。」
とフォローしてくれました。

 

文化服装学院での噂

また、こんなこともありました。

担任の先生が、私に言いました。

「最近色々な先生に、
『佐藤さんは、今までどこにいたのかしら?
あんな人が、今まで知られずにいたなんて不思議。』
とよく言われるんですよ。」

担任の先生は、嬉しそうでした。

面白い服を作れば、文化服装学院の先生も学生も自然と認めてくれました。

私が通っていた1991年の文化服装学院は、そんな素敵な学校でした。