装苑1991年12月号 松田光弘先生 佐藤真樹

装苑1991年12月号 松田光弘先生選

1991年、松田光弘先生との対談

松田光弘先生

出来栄えはどう?

佐藤真樹

もっとダイナミックに作りたかったのですが、小さくなってしまったことと、切り替え線が表にひびいたことが残念です。

松田光弘先生

表地はウールモッサ?

佐藤真樹

はい、ウールモッサです。
芯を貼って縫い代にワイアを入れて張りを持たせました。

松田光弘先生

もっと軽い生地のほうがよかったと思うな。
張りを強調するデザインにこの布は重かったようだね。
胸もとのあたりも重みで布がたまってしまっているし・・・・・。
カルダンみたいにシンプルなラインで、すぱっと切った感じをイメージしていたんだけれど、ちょっといじりすぎたみたいだね。
ウールモッサはシルエットを出しやすい布だから、こんなに切り替え線は必要ないと思う。

佐藤真樹

最初は横の分割でやろうと思ったんですが、それではあまりおもしろくないと思って、全体を10のパーツに分けて構成しました。

松田光弘先生

絵ではダーツがないように描いているけど、構造上何かしらの線が必要だろ。
絵のようなすっと広がったラインをくずさずに、機能としてのダーツ線をどういうデザイン線に置き換えるか、難しいところだけど、この線には必然性がないし、かといって美的なものでもないと思う。
フォルムがあいまいでぼってり重く見えるね。ヒップの部分の分量の読み違いが一番の失敗だね。

佐藤真樹

ヒップラインはかなり悩んだんです。
結局ボーンを入れたので線が強くなってしまいました。

松田光弘先生

こういう服を作るときのポイントは、すべてがバランスだからね。
広がりに対しての絞りぐあいや丈のバランス、色のバランス。赤と黒のように単純な色の組み合わせは逆に難しいんだよ。
これだと黒の部分が貧弱だから、よけいに赤の分量が重く見えるだろ。
トワルの段階で色も想定して見られないとだめだね。

 

第66回装苑賞公開審査会の模様

装苑1991年12月号01 松田光弘先生松田光弘先生とコシノジュンコ先生の後ろ姿

 

装苑1991年12月号02 松田光弘先生山本耀司先生の後ろ姿

 

製作時の思い出

このデザイン画で、装苑賞候補に初めて選んでいただきました。

当時の私はやりたいことはあるのですが、技術と知識が全くありませんでした。

今思うと、適当な切り替えと適当な地の目でよく作ったと思います。

特に、意味のない地の目は反省点です。

デザイン画のシルエットを出すのであればコルセットを使ってシルエットを作り、さらに服を固定するのが良いと思います。

私は子供の頃から、数学がとても得意でした。

数学の図形問題なども、得意でした。

私は理科系の大学を卒業したこともあり、文化服装学院に入ったころは理系的な考え方に反発していました。

この時の私は、「理に適ったことをやりたくない」という気持ちが大きかったのです。

私は、勘だけで傑作を作りたいと思っていました。

そこで私は無謀にも、立体裁断だけで形を作りました。

平面で寸法を直したりつながりを良くすればいいのですが、立体一発勝負でどうしても作りたかったのです。

服を作るにあたって、理性と野生的とのバランスが全くわからない時期でした。

しかしこのような無謀な挑戦をしたからこそ、服作りには絶対に技術が必要なことがわかりました。

これは技術もバランスも滅茶苦茶な服ですが、誰にでも作れるものではないと思います。

下手な服ですが、嫌いな服ではありません。

今見ると、若者の生意気さが出ています。

このデザイン画を実現したかったら、オートクチュールのテクニックが必要です。

よく考えてみると、装苑賞でデザイン画が選ばれたことだけでもすごいことです。

 

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